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順の初恋は、あたしだったのに。同じ歳になったら結婚してくれるって、あんなに繰り返し繰り返し言ってくれたのは順だったのに。
なのに順はいつの頃からか、あたしの目を見て話してもくれなくなった。あたしの笑いかけに顔を背けるようになった。一時なんてこの店に寄り付かなくなったくらい、ううん、もしかしたらあたしが時期には来ていたのかもしれない。あたしにそれを確かめる術はないけど。
「ねぇ、順。あたしだってあたしより大人になったあなたに、あたしと結婚して欲しいなんて思っていたりしないわ。あれはあなたがまだ子供だったから、そしてあたしはあの人を困らせたかったから、あなたとそんな約束を交わしただけで。あたしは初めからあなたと結婚なんて出来るわないって知ってたし。でもあたしがあなたのことを好きで、あたしがあなたを好きでいるくらいは、いけなくないんじゃなくて? ねぇ、順。そうでしょ? せめてそうだと言って」
喋る側から後悔の波が押し寄せてくる。今年はなんだってこんなに後悔の嵐ばかりがくるんだろう。いいえ、違うわ。この後悔は今年のものじゃない。去年、一昨年、その前から、ずっと言いたくて言えなかった後悔だ。そう、きっと、8年前からの。
「……あたしはあなたの側に居たいの。もうあの人の側に居たいだなんて思ってないことくらい、わかっていたはずでしょう? あたしはずっとあなたと居たい。ここにこうしていられる間くらい、あなただけを見ていたいの。それさえあたしには許されないの?」
薔薇の花が咲き、枯れて散るまでの短い間だけ。
それだけの時間をあたしにくれるくらい、生きているあなたには容易なことでしょう?
「あなたが好きなの」
あたしを殺したあの人の息子なのに。顔も声も爪の形まで、あの人そっくりなあなたなのに。
「あたしは、この八年間、あなたのために咲いてきたのよ」
埋められたあたしの体から、薔薇が咲いたのは翌年だった。
あたしが薔薇の木に囚われたのか、あたしから薔薇の木がうまれたのかはわからない。
でも、そんなのはどっちでもよかった。あたしが咲くとあの人は必ず、あたしを思い出してくれたから。
だからあたしは毎年咲き続けた。この二十九年、ずっと、ずっと。
そしてきっとこれからも。
【Fin.】
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