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「もし、止まなかったら……」
「あー、走って帰りますかねえ。夏ですし」
雨の中を走る彼女の姿を思い浮かべる。呼吸に合わせて上下する肩。貼りつく前髪。濡れて透けるセーラー服に思考が至ったところで、僕は俯いて頬を掻いた。
「そ、それなら、僕の傘に入るかい。コンビニまででも。結構大きいんだ、僕の傘」
彼女は一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに目を細めた。指を挟んでいたページに栞紐を挟んで、本を完全に閉じる。
「ありがとうございます。でも、先輩に悪いので、止まなかったらで。もうちょっとお話していきませんか」
「いいとも。そういえばだけど、雨には匂いがあると思わな――」
すると、いつの間にか目の前に立っていた彼女が口に指を当てて僕の言葉を遮った。口の端が上がっている。
「先輩は、誰か気になる人いないんですか?」
上目づかいで僕を見つめる瞳に吸い込まれそうになって僕は目を逸らした。彼女は益々笑顔になった。
「それは、ど、どういう?」
「そのままの意味ですよお」
彼女はくるりと身体を翻した。肩まで下ろした長い髪がふわりと浮かんだ。手を腰の後ろで組みなら教室を歩き回る。
「また、突然、どうして?」
僕がしどろもどろになりながら答えると、彼女は振り返り胸の前で手を合わせた。
「気になる人の気になる人は気になるから、ですかね」
「え、え、え。それって」
それは、彼女が僕のことが気になるという告白じゃないのか。僕は顔が熱くなるのを感じた。今も鳴っているはずの雨音が耳に入らない。
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