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「うちの学校の桜の花びらは桃色より圧倒的に白に近いんだよ。良いかい、大野。常識にダマされちゃいけないよ。君は絵描きだろ?」
「絵描きじゃなくて、美術部員です」
自分の絵に対する考えが浅いことをバカにされたようで、少しだけ反抗すると、絵を描く人はみんな絵描きだよ、とあしらわれた。
「いつからか日本人は桜の花を桃色に定義してしまった。でもそんなの嘘っぱちだよ。君は君の目で見たものだけ信じれば良い。そしてそれに想像を加えて、筆を持つんだ。わかった?」
「はい」
僕は安田先生の絵を描く理念の話が好きだった。
実際にそうすれば、より良い絵が描ける気がするから。
安田先生は水道の縁から降りて腕時計を確認した。
「もう18時だ。大野、今日はもう帰りなさい。片づけは俺がやっておくから」
僕は素直に頷いて、自分の席に置いてあったリュックを肩にかけた。
絵を描くつもりで来たからリュックの中身はほとんど空っぽで、薄い煎餅みたいだった。
美術室のドアに手をかけて、ちょっとだけ振り向いて
「先生、明日も来て良いかな?」
と聞いてみた。
安田先生は僕のイーゼルを畳みながら
「大野が描きたいと思うならいつでもおいで。俺はここで待ってるよ」
にっこり笑った。
僕は大きく頷いて美術室を出た。
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