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桜の花を塗ろうとパレットに桃色の絵の具を出すと、安田先生に声をかけられた。
「大野、ちょっとおいで」
安田先生は窓際にある水道の縁に腰掛けていて、顔をあげた僕を見てほのかに笑った。
右手に筆を握りしめたまま、とぼとぼと歩いていくと、安田先生はじれったそうに軽く後頭部を掻いた。
春休みの美術室にいるのは、大抵僕と安田先生だけ。
そもそも美術部の部員は僕を含めて4人しかいないのに、僕以外の3人は家族旅行やら、友達と遊ぶやら、堂々とサボる宣言をして休みがちだ。
小さな美術室の閑散とした空気は、僕と安田先生の呼吸と会話のみで静かに震える。
「ほら、見てごらん」
安田先生は窓を開け放った。
窓の先の景色を見ろ、ということなんだろうと思って、近くに寄る。
窓から春らしい生暖かい風が入ってきて、僕の顔をなでた。
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