1-1 白い桜

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安田先生は右手に小さなビンを持って戻ってきた。 さっきと同じように窓を背にして、水道の縁に座る。 水道の縁は乾いていない絵の具や水滴で汚れているから、安田先生の白衣はお尻の所だけいつもカラフルだ。 自分の席に不満そうに座っている僕を見て、安田先生は困ったように笑った。 「大野、おいで」 手招きされて、少し逡巡してから僕は立ち上がった。 ゆっくりと気怠そうに安田先生のもとへ向かうと、 「速く」 と、ピシャリと言われた。 僕が安田先生の隣の水道の縁を雑巾で軽く拭いてから座ると、安田先生は僕にビンを渡した。 ビンの中には、底から1センチ位桜の花びらが積もっていた。 「実はね、俺も今桜を描いてるんだ。それは今朝集めたやつ。見てごらん?」 僕はビンのフタを開けて、手のひらの上に桜の花びらを落とす。 桜の花びらは底にピタリとくっついてしまっているものもあって、上手く落ちてきたのは5枚程だった。 1枚指先にとって見てみた。 ーーあっ。 「……白い?」 「そう、正解」 安田先生は今度は幸せそうに肩をゆらした。
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