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安田先生は右手に小さなビンを持って戻ってきた。
さっきと同じように窓を背にして、水道の縁に座る。
水道の縁は乾いていない絵の具や水滴で汚れているから、安田先生の白衣はお尻の所だけいつもカラフルだ。
自分の席に不満そうに座っている僕を見て、安田先生は困ったように笑った。
「大野、おいで」
手招きされて、少し逡巡してから僕は立ち上がった。
ゆっくりと気怠そうに安田先生のもとへ向かうと、
「速く」
と、ピシャリと言われた。
僕が安田先生の隣の水道の縁を雑巾で軽く拭いてから座ると、安田先生は僕にビンを渡した。
ビンの中には、底から1センチ位桜の花びらが積もっていた。
「実はね、俺も今桜を描いてるんだ。それは今朝集めたやつ。見てごらん?」
僕はビンのフタを開けて、手のひらの上に桜の花びらを落とす。
桜の花びらは底にピタリとくっついてしまっているものもあって、上手く落ちてきたのは5枚程だった。
1枚指先にとって見てみた。
ーーあっ。
「……白い?」
「そう、正解」
安田先生は今度は幸せそうに肩をゆらした。
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