第5章

8/16
前へ
/246ページ
次へ
決まった恋人がいるわけではない。着飾って出かける用など、殆どない。あったとしても、仕事関係だ。女友達もいるけど、私は土日も仕事していることが多いので、休みがあわなくて、女友達と遊びに行くことも滅多にない。  そう考えると。こうして仕事以外で着飾るなんていつぶりだろう? もともと、仕事以外で出歩くのはあまり好きではない。休日など、掃除と洗濯と買い出しで終わってしまう。不健康だ、と言われてしまったらそれまでだけど・・・ 杏樹のことがなかったら、こんなこともなかったかもしれない。そう考えると、少しは杏樹に感謝しなくちゃいけないのかな・・・。  ・・・と、その時。玄関先で人の気配がした。と同時に呼び鈴の音が聞こえた。  杏樹かと思って、あわてて玄関先に行くと、玄関先には憲一さんが立っていた。 「よう・・・」 「・・・何?」  ぶっきらぼうではない。でも、感情のこもらない声に、短い挨拶にそう応えると、憲一さんは軽いため息をついていた。 「・・・なんだよ?浴衣なんか着て」 「お祭りに、行くの」 「デートか?」  デート、そう言った憲一さんの顔が、一瞬、少しだけ引きつっていたような気がしたけど、気のせいだろう。 「まさか」  まさか・・・それを聞いた瞬間、憲一さんは口元だけ少し笑った。 「珍しいな。浴衣なんて」 「中、入る? 師匠のお使いでしょ?」     
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加