第5章

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 いつもなら、彼のその言葉に、私は頷いているだろう。  師匠は私にとって母親同然だし、長年お世話になっているピアノの師匠だから。  師匠には逆らいたくない。師匠の言葉を持ってくる憲一さんにたてつく気もない。  ため息付きながら、自分の思いに蓋をしながらも、従っていた。  でも・・・  もう、嫌だ!  物分かりの良い大人を強いられるのも。  憲一さんが、師匠を介してしか私と向き合ってくれないのも!  そんな向き合い方しかできないなら、  いっそ、私の前から今すぐ姿を消してよ! 「いい加減にしてよっ!!!!」    私が初めて、彼の言葉にたてついたせいか、彼はびっくりしたように私を見た。そして、怒りと、どんな感情なのか読み取れない表情をした。 「お前・・・なに言って・・・」  何言ってるんだよ?  母さんの伝言だぞ?  逆らうなよ!  きっと彼はそう言いたかったに違いない。  でも、私はその言葉よりも先に、ずっと溜め込んでいた想いを正論に包み込んで彼に叩き付けた。 「杏樹のレッスンは、私の休暇の日なのよ!私の休暇をどう使おうと、私の自由でしょ!」 反論した私に驚いたのか、憲一さんは戸惑いながら、それでも言い返そうとした。 でも、私は彼の反論を許さなかった。     
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