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「そういえば、どうだ?杏樹ちゃんのレッスン、うまくいってるか?」
ある日の夜、仕事が終わって帰宅すると、久しぶりに憲一さんがうちにやってきた。
師匠は、春先から先日までウィーンで仕事と公演があって、彼は師匠のマネージャーとしてその仕事に付き添っていた。帰国したのはつい先日だったので、彼と会ったのは、杏樹の事を頼まれた、あの日以来だ。
「うん、順調」
順調だと・・・思う。
レッスン内容は、私が考えているほど早くはない。けれど、ゆっくりだけど、以前よりも弾けるようになっている。楽譜も、読もうとしているのが伝わってきて、教える側としては、とてもうれしい。
杏樹とも仲良くやっているし、問題は起きていない・・はずだ。
「そうか、母さんが心配してたけど、それ聞いて安心した」
また・・師匠か。私は内心ため息をついた。
師匠も憲一さんも嫌いではない。でも・・・憲一さんの口から「母さんに頼まれた」というというフレーズを聞くのが、嫌だった。
彼の私に対する親切は、彼の意志などではなく、師匠に頼まれてのことだ。
「飯は?
今日うち、生姜焼きだけど、食うか?」
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