第5章

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 でも、大人になってからは・・・お祭りで着たわけではなくて、夏、病院や老人ホームに仲間と一緒に慰問演奏やボランティア演奏に行った時、夏らしい服装を・・・と言って、仲間も一緒に浴衣を着て演奏した・・・それくらいだ。  お祭りで着たことなどない。そもそも、この地元のお祭りでさえ、帰国してから一度も行ったことがないのだ。 「鈴ちゃんのママが、浴衣を縫ってくれたの!  せっかくもらったんだから、着たいの!  だから先生も、一緒に浴衣、着ようよ!」    最近、杏樹のこの手の類の“お願い”にめっぽう弱い。 結局私は、折れることにした。 「・・・わかった。杏樹、浴衣は一人で着れる?」 「・・・着れない・・・」  まあ、そうだろうな。いくら子供向けに仕立てられている浴衣とはいえ、一人で上手に着るのは無理がある。 「それじゃあ、着せてあげるから、うちに来るとき、浴衣と帯、持ってきてね」  ・・・夕方、下手すれば夜に杏樹を連れ回すことになるのだから、杏樹のお母さんの了承も必要になりそうだ。 連絡が取りにくい杏樹のお母さん・・・連絡がつかなかったら憲一さんにでも連絡をお願いしよう、と胸の内でつぶやいた。  そんなつぶやきに気づくわけもなく、杏樹は、嬉しそうにはしゃぎながら、“桜先生、大好き!”と私に抱き付いてきた。  杏樹の身体は、病気なわけではない筈なのに、妙にあったかくて、優しい熱を帯びていた。     
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