名医

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「最終的に大原さんがどうしていきたいか、ご主人と離れて暮らしたいと思えばその方針を尊重します。ご主人とやり直したいと言うのならその方針に沿ってサポートします。ただ、あくまで一般論ですが、DVの場合は加害者側が変わる可能性が少ないので、とにかく逃げるが勝ちという傾向はあります。」 何度か診察を重ねるうちに退院後の生活の話になった。私も最初は逃げることを考えていた。しかし、病棟で誰でも読めるデイルームに毎朝置かれる新聞に気になる記事を見つけた。DV被害から逃げ出して身を隠すように暮らしていた女性が、役所の手続きミスで非公開の扱いになっていた住民票を別居中の夫に閲覧された。新しい住所にやって来た激昂した夫に刃物で刺されて重体だと社会面に載っていた。DV被害を受けているなど、特殊な事情がある場合はたとえ夫婦であっても住民票に閲覧制限がかけられる。せっかくそういうったシステムが構築されたのに、いざ運用するとなった段階で役所は致命的なミスを犯した。 私はこの新聞記事を読んで考え込んだ。DV被害者として、命の危険に怯えながら一生逃げ回らなければならないのか。逃げるよりもっと根本的な解決案はないのか疑問に思っていた。私は山野辺医師に率直に尋ねてみた。 「入院した当初は私も逃げるが勝ちだと思っていました。ただ私は何も悪いことをしていない、指名手配犯でもないのに一生逃げ回る人生を理不尽だと思います。夫が改心する可能性とはないのでしょうか?」     
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