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彼が少し驚いた表情をして、けれどすぐにそれは微笑みに変わった。
「よく見つけられたね。君も読む?」
「読まない。もう、自分から会おうって約束してきたのに。携帯くらい見てよ」
少し不満げに女性は言った。
彼はその彼女の手首をつかんで顔を近づけて、耳元で何かをささやいた。
「……」
彼の挑発的な目線を受けた彼女は少したじろぐ。そして、彼の顔が吸い寄せられるように近づき唇が重なった。
あっという間の出来事だった。
私はその気まずい現場から早く立ち去ろうとした。けれど金縛りにあったように体がその場から動けなかった。
コツコツコツ……
どこからかハイヒールの足音が聞こえてきた。私は慌てて目の前にあった本を一冊手に取って開き、中を読んでいるふりをした。平常心を保とうとしたけれど、文字を追う指先が震える。伏せた顔から横目で見ると、ちょうど図書館司書の女性スタッフが靴音を響かせて通り過ぎるところだった。一瞬だったけれど通路からこっちを見ていたような気がする。
ハイヒールの足音は本棚の通路を通り、少し止まって、また歩き出す。
恐る恐る顔を上げると、本の隙間から向かい側の二人が見えた。どうやら女の子が後ろの本棚を振り返り、お互い背を向け合って本を探しているふりをしていたらしい。
私は今の内に立ち去ろうと思い、手に持っていた本を棚に戻し、顔を上げた。
向かい側にいる彼が顔を上げるのとほぼ同時だった。真正面の彼と視線がぶつかる。私は自分の顔が熱くなるのを感じ、その場から逃げ出した。
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