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今日は三零四号室と四零二号室をお掃除した。私と彼の住む五階は、彼がこのアパートに越してきたその日にすべてお掃除した。五階の住人は、彼と私以外には女子大生しか住んでいなかったからだ。 お掃除はいつも大変だった。だけどお部屋がきれいになっていくたびに、私は幸せを感じた。 彼と話ができるのは、彼の目を見ることができるのは私だけだ。それを思えば、お掃除も苦ではなかった。 今日はごみ捨て場に彼は現れない。分かってはいたが、とてつもない寂しさが襲ってくる。 ごみ捨て場で俯いていると、ふいに階段から降りてくる彼の姿を見つけた。鼓動が早まる。喪服姿の彼も、とても美しい。私はただ見とれていた。 「どなたか亡くなられたんですか」 神妙な表情をつくり、私は訊いた。 「妻が……」 そう言ったきり、彼は俯いたまま顔を上げなかった。 「まあ、そうだったんですか…… ご愁傷さまです」 笑ってはいけない。笑ってはいけない。だけど、とてもこの喜びを抑える自信が無い。 「妻の実家で葬儀を。しばらく部屋を開けますので……」 力無い声で言う彼の顔を、私は見ることができなかった。 きっと満面の笑みを見せてしまっただろうから。
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