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「な、な、な……」
驚きすぎて、言葉が出てこない。洗面台の縁を手で掴み腰を上げ、もう一度鏡を覗いた。そこに、映っているはずの自分の姿はなかった。代わりに見知らぬ女が洗面台に掴まって、怯えた表情でこちらを見ている。
――だ、誰なの?
怖々右手を伸ばすと、鏡の人物の左手もこちらに近づき、そのまま鏡面で触れ合った。
これは、私?
確かに着ている喪服は私の物だ。しかし短かいはずの髪は肩よりも長く茶色い。肌の色も透き通るように白い。そして何より、鏡の女は私よりもずっと美しかった。
きっと寝ぼけているのだと、目を瞑り、震える手で顔を洗った。居間へ行き椅子に腰掛け、深呼吸をした。そして恐る恐る、手鏡を手に取った。そこに映るのは、やはり自分の顔ではない。
もしかして、私は頭がおかしくなったのだろうか。先生が亡くなったショックで、脳の病気にでもなったのかもしれない。いつかテレビで見たことがある。顔の認識ができなくなるという脳障害だ。いや、だとしたら、元の顔も忘れるのではないか。
「そうだ。写真は……」
私は部屋の奥から昔のアルバムを引っ張り出し、勢いよく開いた。
「嘘……嘘でしょう?」
なんとそこには、一枚の写真もなかった。きれいさっぱり消えていたのだ。
驚愕し混乱した頭で、もう一度手鏡で己の顔を観察した。すっとした鼻、くっきりとした二重、そして艶のある栗色の巻き毛。よく見ると、どうにも誰かに似ているように思える。鏡に映る顔は、まるで外国人のようだ。と、ここで私は気がついた。
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