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 高3の夏はもはや遠い彼方。  今やわたしは大学生で、東京の空の下だ。  ひとり暮らしのアパートのなけなしのベランダから見上げる夜空は、地上の明るさの分だけ薄暗く、まるで星が遠ざかったかのように感じるほど。  でもそれも、地球の影に隠れゆく月あかりを眺める今日という日ばかりは、ちょうど良い。  約束を、しなくちゃいけない。  あの日、なぜだか強くそう思った。  そしてあの直感は、悲しいくらいに正しかった。  二人で降り注ぐ流星群に浴したあくる朝、当番の先生たちが出勤して、運動部の掛け声が聞こえ始める頃、わたしは、またね、と手を振った。  真夏の照りつける日差しの中、彼女も、またね、と笑顔で白い手を振り返す。  けれど夏休みが終わっても、もう小早川さんが学校に現れることはなくて――わたしは十和田先生に、化学準備室へと呼び出された。 『御園にだけ教えておくよ。小早川な、入院したんだ。東京の病院に』  家の都合で転校したと伝え聞いていたけれど、どうして言ってくれなかったのかと憤りもしたけれど、それですとんと納得した。  訳知り顔の先生の机には、銀色の小さな鍵。  あの、屋上の鍵だった。  先生はそれ以上何も言わず、私も訊かない。  もう、充分だ。  地元じゃなく東京の病院だなんて、それだけで重い病なのだと知れた。  ただ生きてさえいれば叶うような他愛のない願いを流れる星に懸けずにいられないくらいに、そのために今まで一度たりとも喋ったことのない同級生を頼るくらいに――そして、三年後の約束を、遠いと儚く笑うくらいには。  人がその生涯を閉じたとき星になる、なんて幻想を、夢見ているわけじゃない。  むしろ、死後などというものを想定すること自体がナンセンスだと思うリアリストこそが、わたしだ。  ただ、こと彼女に関してだけは、どうしてかその迷信を信じていたかった。 「ねぇ。今夜が約束の皆既月食だよ、小早川さん」  真ん丸に輝く白い月が、端から少しずつ欠けていく。  隣からの(いら)えも、つないだ指先も、もうありはしないけれど。  それでも、夏が来れば、何度でも思い出す。  二人で見上げた、あの夏、はるかな星降る夜の空を。
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