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「見えるかなぁ、星」
決行日、厚く雲のかかる空を見上げて小早川さんが心配そうな様子で呟く。
同好会に割り当てられたロッカーにあらかじめ運び込んでおいた観測グッズのおかげで、殺風景な屋上は実に快適な観測場所に仕上がったけれど、天気ばかりはどうしようもない。
「信じて待つしかないね」
これでも持ち直したほうなのだ。
一週間前から毎日確認していた天気予報では、明日まで雨の予報で、それが昨日の夜になって急に曇りに転じ、一縷の望みを今夜に託してくれた。
いずれにしても、流れ星を見やすいのは夜半になってから。
運が味方してくれる、そう信じて待つだけだ。
「――ねえ。なんで、星?」
相手の顔を直接見て訊くのは憚られて、レジャーシートに寝転がり、クッションを抱き込んで、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「うん?」
「どうして流れ星が見たいって思ったの?」
それは、今日この日のために何度も秘密の作戦会議をしてきたけれど、なんとなくタイミングを逃して訊けずにいたこと。
訊くなら今しかないと、自然と口をついて出た。
最初から、訊かれたら答えるつもりはあったんだろう。
小早川さんは、迷いなく告げる。
「叶えてほしい願い事があるんだ」
雲が一面を覆う空に、やっぱり駄目なのかな――と、せつない色の呟きが一つ、隣で小さく漏れた。
願い事。
そうか。
一般人が流れ星に出会いたいと思うのは、そういうときなのか。
彼女の願い事が何なのか気になるけれど、普段他人と深く関わることをしていないので、ひと月前に初めて言葉を交した相手にどこまで踏み込んでいいのかわからない。
いつもなら、たぶん、これ以上は求めないだろう。
屋上の常夜灯は、目を暗闇に慣らすため、あらかじめ赤色セロハンでくるんである。
そこから投じられる錆びた明かりに照らされた、影も光も赤の世界に、二人きり。
その非日常が、さらにわたしの口を開かせた。
「何を、お願いするの?」
わたしたちも――受験前の大切なこの時期に天体観測に興じているとはいえ――高3だ、進路の悩みだろうか。
それとも恋の?
外見だけじゃない、人柄も良い彼女なら、引く手あまただろうに。
小早川さんが、これまで縁のなかった流れ星をわざわざ求めるほどの願いが、わたしにはどうしてもわからなかった。
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