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 わたしがここまで食いついてくるのはさすがに予想外だったのか、小早川さんはパチパチと幾度かその大きな目を瞬かせてから、 「ずっと、歌っていられますようにって」  そう、彼女は答えた。  透き通る、綺麗な声で。  正直に言えば、それだけ?という気持ちはある。  でも、もしかしたらその願いには、将来の夢とかそういう、壮大なものを孕んでいるのかもしれないし、そうでなかったとしても、何が大切かなんて価値観は人それぞれだ。 「――歌。聴いたことないな」 「御園さんとは、作戦会議ばっかりだったもんね」  小早川さんは、そうだったねと頷き笑う。  一年生の頃から、可愛い女子がいると評判だった。  その澄んだ歌声は、天使のようだと。  聴いてみたくなった。  彼女が、どうかずっとと他愛のない願いを懸ける、その歌を。 「歌ってよ」  勢いで歌をせがんだら、なんだかいまさら気恥ずかしくなって、くるりと彼女に背を向ける。  そんなわたしの丸まった背中に、小早川さんは、いいよ、と応えた。  真夏の蒸した夜気に響くことを考慮して、囁くような小さな小さなものだったけれど、心の奥までじんわりと響く、それは美しい歌声だった。  まるで、いくつもめぐる彼女の歌に払われたかのように、夜空を重く覆っていた雲が次々流れ、晴れていく。  月のない夜。  晴れたならそれは、最高の流星群日和だ。 「あれが、はくちょう座のデネブ。それから、こと座のベガと、わし座のアルタイル」  二人で屋上に寝そべって、視界いっぱいの星空を見上げる。  夜空に輝く夏の大三角を指させば、デネブ、ベガ、アルタイル、と小早川さんも唱えて空をなぞった。  この天候なら、たくさんの流星が見られるだろう。  きっと、彼女がその願いを託せるくらいに。 「――今年は皆既月食、雨だったけど、次は一緒に見ようか」  満天の星空の下、流れる星を待ちながら、わたしたちはどちらからともなく手をつなぐ。  ううん。  たぶん、わたしから。  手をつないでいたかった。  約束を、したかった。  できるだけ遠くて、確実な約束を。 「次はいつなの?」 「三年後。冬は寒いから、夏にしよう」 「三年後かぁ」  遠いね、と小早川さんは笑った。  ――それが、私が小早川さんと過ごした、最初で最後の、色褪せない夏の記憶。
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