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そんな毎日が続いたある日、突然、朝の車内でクスクスと、忍び笑いような失笑のような、そんな笑いが起きた。陽依は何があったのかと車内を見回したが、笑いの元となる様なものは見当たらず、その微かな笑いもすぐに収まった。
その次の朝でも、陽依がドア横で俯き加減に下を向いていると、やはり車内が密かな笑いで満たされた。しかし、陽依が顔を上げて車内を見るも、何も変わった様子は無かった。
その次の日だった。
ある駅を電車が発車した直後、車両のドアの側で陽依と向かい合わせに立っていた――その人は陽依と同じく、いつもそこが定位置なのだが――二十代後半の会社員風の女性が、陽依に、「あの子、あなたに向けてやってるみたいよ」と車窓の外を指差してみせた。
陽依は女性の指し示す方向を見た。平行に流れる景色の中、踏切前に、以前と同じように、以前では見たことがなかったコート姿の彼がいた。
彼は……変な顔をして見せた。手加減なしに。
彼の絶妙な顔を見た陽依は、思わず盛大に噴き出した。その音を聞いた車中の人々は、その前日、前々日よりも遠慮なしに笑い出した。
なんだ、みんな、彼やわたしの事を見ていたのかと気付いて、陽依は恥ずかしいやら、恥ずかしいことに巻き込んだ彼が憎たらしいやらで、目尻に涙が滲んできた。
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