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浅沼榛人(あさぬまはると)は毎朝の通学で、あかずの踏切にいつも引っ掛かっている。
自転車通学のその途中、学校の最寄り駅のすぐ横にある踏切。榛人はラッシュの電車が、右から左、左から右、一本、二本、三本と過ぎ去るのを、ひたすら待ち続ける。
カンカンなり続ける警報音を聞きながら、目の前の電車を見れば、駅から発車したばかりの電車はまだ速度が遅く、平行移動していく車内の様子がよく観察できた。まだ目覚めて間もないからか、それとも移動中で気を抜いているからか、車中に立つ人々はどれも生気のない表情をしている。スマートフォンに夢中な人、目を閉じイヤホンで音楽を聴く人、うつろに窓の景色を見ている人。その中にいつも、揃いの制服を着た高校生たちが混じっていた。
その制服を見る度、踏切の前に立つ榛人は暗い気分になった。というのも、その制服は榛人の第一志望にして不合格だった高校のものだったからだ。その高校は、ここから二つ先の駅が最寄り駅だった。
第二志望だった現在通う高校に入学して、二ヶ月近く。気の置けない友人もでき、今通う高校が嫌いというわけではないが、やはり、斜め上を通り過ぎるその制服に、劣等感を感じずにはいられなかった。
毎朝ほんの少しの心の痛みを感じながら、ぼんやりと通り過ぎる電車を見ている中で、榛人の目を引く一人の高校生がいた。いつも最後尾の車両にいるその彼女は、例によって二つ先の駅にある高校の制服を着ていた。
「彼女」といっても、榛人が気になったのは、好みの外見だったからとかそういう意味でではなかった。ならばどうして彼女だけが榛人の目を特別引いたのかというと、ドアの窓から見えるその彼女が、とにかく、元気がなかったからだ。
他の生徒たちはスマートフォンをいじっているか、イヤホンで音楽を聞いているか、参考書らしき本を読んでいるか、器用に立ちながら寝ているか、そうでなければ、同じ制服を着た友人同士で話しているかしている。
彼女といえば、ドア横の手すりに寄りかかり自分の足元ばかりを見て、窓の外を見る気力もない。一見寝ている様にもみえるが、時々髪をいじる仕草なども見せるので、ただただ俯き加減を保ったまま電車移動しているらしかった。
そんなだから、ある日、彼女が珍しく外の景色を見ているのに、つい、榛人は手を振ってしまった。
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