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2.彼
川上陽依(かわかみひより)は学校に通うのが毎朝憂鬱だった。
陽依は高校に入学して間もなく、虫垂炎で入院した。入院し学校を病欠している間に、クラス内に友人を作ることに出遅れ、退院して学校に戻った頃には、陽依を除いたグループが固まってしまっていた。そこに陽依の入り込む余地は無く、同級生たちも陽依を排除しようなどという気は無いにしても、どのグループも我関せずといった態度で、陽依は教室内では疎外感しか感じられなかった。
その日も、陽依は暗い気分を抱えながら通学の電車に乗った。もう二駅進むと、また学校に着いてしまう。そんなことを考えながら外の景色に目を向けると、車窓の先、踏切前で自転車に跨ったどこかの高校の男子生徒が、電車に向かって手を振っていた。自分と違い朝から元気なことだと、陽依は思った。
次の日も、同じ場所で男子高生は手を振っていた。その彼の制服は、ついさっき電車が停まった駅で降りた高校生たちと同じものだった。以前に同じ中学だった今は違う高校に通う友達にでも、手を振っているのだろうか。陽依はそんなことを想像した。
次の日も、やはりその男子高生は手を振っていた。それが、電車に向かって振っているというより、陽依が乗る最後尾の車両に向かってピンポイントに振っているように見えた。
陽依は、彼が手を振っているのは誰にだろうと、最近すっかり縁遠くなってしまっていた好奇心を発揮して、車内を見回した。車内には彼に応えて手を振り返す乗客は見当たらなかった。
その次の日、やはり彼は、陽依の乗る車両に向かって手を振った。陽依は今度こそ彼が手を振っている相手を見つけようと、車窓から車内へ視線を移そうとしたが、その視界の端に、彼が陽依を指差すのが映った。
陽依は自らを指差しながら、「わたし?」と、つい、声に出してしまった。すぐ隣に立つ乗客が、何事かと陽依を見たのに気付いたが、踏切に立つ彼が大きく首肯する方により注意が注がれた。
どうやら、彼が今まで手を振っていた相手が自分だったらしいことを、陽依はようやく知った。
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