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それからは毎日、踏切と車窓を挟んで、二人は挨拶の代わりにじゃんけんをするようになった。陽依が欲を出して、「あっち向いてホイ」までつなげようとしたこともあったが、そこまでの時間は二人の間にはなく、そんな時の彼は、「無理だよ」という顔をして陽依を見た。
夏休みに入ると、通学がなくなるので当然、陽依は彼の姿を見ることがなくなった。長期の休みの間、陽依が彼を意識に上らせることは殆どなかったが、自分の横を見覚えのある制服の男子が自転車で通り過ぎて行ったときなどは、まさか彼ではと、その姿をじっと観察することもあった。
夏休みが終わり、登校が始まると、朝のじゃんけん合戦は再開された。
二学期に入ってしばらくしたある日、陽依がいつも通りに電車に乗り、ドア際の定位置に立つと、そこで「川上さん、おはよう」と声をかけられた。声の主は、最近、登校時の昇降口や教室に向かう階段で、よく陽依と挨拶をする仲になった、同じクラスの女子だった。
「あ、半井(なからい)さん」
陽依がその女子の苗字を返してよこすと、彼女は「川上さんはいつもこの車両つかってるの?」と聞いてきた。
「うん。ここ、駅の出口からは遠いけど、一番空いてるから」
「そうなんだ。私はいつもはもっと真ん中の方のに乗ってるんだけど、今日は妙に込んでて、こっち逃げて来た」
その後、陽依はそのまま車内で「半井さん」と隣り合って、クラスの事についてや、陽依の入院時の事についての話をした。
学校の最寄り駅に着いたところで陽依は、今朝は彼とじゃんけんをしなかった事に思い至った。
次の日も、電車の中で陽依は半井と一緒になった。昨日と同じように彼女と喋っている途中で、陽依は踏切の彼の事を話題に出した。
踏切に通りがかったところで、半井に彼を指し示してみせると、半井も陽依と共に車外の彼に手を振ってくれた。踏切の彼は、いつもよりテンション高くそれに応えた。
踏切を過ぎた後、陽依は半井と笑い合った。
その後、陽依は徐々に半井と、それから彼女の属するグループの女子たちと、仲が良くなっていった。それに伴い、自然と他のクラスメイトたちとも気兼ねなくコミュニケーションをとれるようになり、一学期の時とは比べようもなく、陽依はクラスに馴染んでいった。
陽依はもう、高校に通うのが苦痛ではなくなっていた。
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