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踏切の彼は、相変わらず陽依に手を振ってくれていた。陽依はそれに対して、友人たちと一緒の時は手を振り返し、一人だけの時は、じゃんけんで応えた。
中間テストを終えた十月のある日、陽依は思わぬ人物に通学の電車で話しかけられた。その人は陽依と同じクラスの生徒で、何故か最近、陽依とよく目が合う男子だった。
その彼、荻原(おぎわら)はドア際に立つ陽依に、「半井さんが、川上さんは最後尾に乗ってるって言ってたから」と言ってきた。陽依は「そうなんだ」としか返せず、「だからって、どうしてきたの?」とは聞けなかった。
女子相手の時と違って、男子と二人だけの慣れない状況に、陽依は多少緊張を覚えた。そのせいで、車窓の外を見る余裕はなかった。
その朝の車内で、陽依は荻原とLINEを交換した。陽依は急展開についていけない気持ちと、今までの二人の間に流れていた雰囲気から、当然の流れだという考えとが半々だった。
二人の間に連絡手段が出来たことが、ただの同級生以上になったという証しに思え、陽依は生まれて初めて男子とそのような関係になった事実に舞い上がった。
そうなると、恋愛経験のない自分は果たしてごく普通の女子のように振る舞えるのかと不安になり、陽依は朝の電車では友人たちに相談するために、しょっちゅうスマートフォンをいじるようになった。
ある日、陽依は再び荻原と電車で遭遇した。男子と話すネタなど持っていない陽依は、踏切前で自転車に跨る彼の事を思い出した。
踏切の手前に電車が差し掛かったところで、陽依は荻原の肩を軽く叩き、叩いた事を馴れなれしいと思われなかっただろうかと心配しながら、荻原に踏切の彼を指し示し、彼に向かって手を振ってみせた。
踏切の彼は、最近あまり挨拶を交わさなくなっていたせいか、一瞬反応が遅れたが、すぐに笑顔で陽依に手を振り返してくれた。
踏切を通り過ぎた後の車内で、荻原は「何なのあいつ」と面白がった。
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