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ライブにはなんとか間に合って席で一息つく。
その子の演奏はソロのギターのインスト曲が中心だが、回を重ねるごとに、シンセサイザー、ターンテーブルも駆使するようになっていた。セットリストも、親しみやすいポップな曲、思わず体が動いてしまうようなリズミックな曲、低音が効いているバスの曲、クラシックのようなリリカルな旋律の曲などが聴こえてきた。曲にふくまれているジャンルも幅広くなり、音楽性も深まりつつあった。
隼人の中で揺るぎない感覚もあり、音からは構成の集中力の高さを感じた。キーマンに耳に入れば、評価を得られるだろうと。
あっという間にライブは終わり、多くの人が帰り始めている。その子と別れの挨拶も出来た。隼人の中でもライブは終わった。
電車で帰宅途中には、ライブで体感した音が体の中で踊っている。印象的な音たちがライブを再構成して、パッションや余韻を形作っている。それらに浸りながら、気がつくと眠ってしまい、次の日がやってきてしまう。
そんな充実した時間と気付くのも時間が経ってからである。ライブで撮った写真を見て色々な考えが湧き上がってくる。
神経質で奥手な隼人は誘えないし、彼氏がいるかすら聞けない。そもそも正しい段階も踏める自信がない。
その子に「気になっていいですか?」と聞いてみようとも思っている。
そんな事を思っている瞬間も「気になる」ことは深まっている。
ついついその子の名前を~ちゃんと頭の中で復唱している。連絡を取りたい。でも嫌われたくない。神経質さが立って、隼人の脳内で意見が対立する。結局は期待で終わる。他の人と話している感じに変化があると良いなと。
ライブから数週間経過して、隼人はついに確実に気になる糸を作り結んでしまった。
パソコンで重要なアクセスに関わるパスワードにその子の名前をアルファベットで含めてしまった。
「美樹」という名前を。
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