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それから何度も何度も、立河とのやりとりを夢で見た。
同じ場面だったり、別の全く違うシチュエーションのときもある。
立河和沙(かずさ)いう人が、僕の中に確かな居場所を形成し、そこは他のものが犯せない領域となった。
夢の場面を反芻する日々が続き、最早それが、喉の渇きを潤すのと同等の意味合いを持ち始めたとき。
それは、やってきた。
-静佳(しずか)、息災だろうか。
以前、お前が住んでいた離れを取り壊すことになった。
納戸を整理していたら、お前が大事にしてたものがいくつか出てきたので纏めた。
判断に迷うものもあるが、不要なものはそっちで処分してくれて問題ない。
母の実家からの段ボール箱と、同封された手紙。
2年前に他界した母の意向で、亡くなったことは実家には伏せてあった。
母の思い出の品のひとつでもと、深く考えず開封する。
中から出てきたものは、端が色褪せた白紙やペン類、インク、定規の類、そして雑誌や文庫本。
一番奥にしまわれていた数冊のコミックスが、すぐに意識と感覚の全てを根こそぎ持っていった。
瞬きするのも忘れて、その表紙を凝視する。
丸みを十二分に含んでデザインされたタイトルの文字、『気になるあの娘』。
右手を腰に当てて後ろ向きに立ち、腰から上はこっちを振り返り、左手の人差し指を唇にあてる少女。
輪郭の半分を占める瞳は片方だけ閉じられ、もう片方は澄んだ琥珀色を帯び、じっと見つめ返してくる。
僕は知っている、この瞳を。
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