京ちゃんの明日

5/8
前へ
/8ページ
次へ
 それから何度も何度も、立河とのやりとりを夢で見た。  同じ場面だったり、別の全く違うシチュエーションのときもある。  立河和沙(かずさ)いう人が、僕の中に確かな居場所を形成し、そこは他のものが犯せない領域となった。  夢の場面を反芻する日々が続き、最早それが、喉の渇きを潤すのと同等の意味合いを持ち始めたとき。  それは、やってきた。  -静佳(しずか)、息災だろうか。   以前、お前が住んでいた離れを取り壊すことになった。   納戸を整理していたら、お前が大事にしてたものがいくつか出てきたので纏めた。   判断に迷うものもあるが、不要なものはそっちで処分してくれて問題ない。  母の実家からの段ボール箱と、同封された手紙。  2年前に他界した母の意向で、亡くなったことは実家には伏せてあった。  母の思い出の品のひとつでもと、深く考えず開封する。  中から出てきたものは、端が色褪せた白紙やペン類、インク、定規の類、そして雑誌や文庫本。  一番奥にしまわれていた数冊のコミックスが、すぐに意識と感覚の全てを根こそぎ持っていった。  瞬きするのも忘れて、その表紙を凝視する。  丸みを十二分に含んでデザインされたタイトルの文字、『気になるあの娘』。  右手を腰に当てて後ろ向きに立ち、腰から上はこっちを振り返り、左手の人差し指を唇にあてる少女。  輪郭の半分を占める瞳は片方だけ閉じられ、もう片方は澄んだ琥珀色を帯び、じっと見つめ返してくる。  僕は知っている、この瞳を。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加