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「た、ち、かわ…?」
小刻みに揺れる手が、無意識にページをめくろうとしたときに、ふと、もっと重大な懸念が沸々と湧き出てきた。
なぜ、今まで気がつかなかったんだろう。
僕は、母と実家を出る前の記憶を持っていない!
それ以前の情報と言えば、母から聞いた断片的でもののみで。
実家の所在地や風景、一緒に暮らしていたはずの親類、近所にあった店や建物具体的に思い出せるものは何ひとつない。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
こんな大事な事実を全く気にも留めず何十年も生きてきたなんて。
じゃあ僕は一体、何者だと言うのか。
これが、自分を置き去りにしてきた結果とでも。
立河が描かれた表紙をぱたりと閉じる。
中を開いてはいけない気がした。
いや、開かなければいけないと、決断する自分が恐ろしかった。
寝よう、眠ろう。
何もかも忘れるんだ。
また、ふつうにやり過ごすだけの明日がやって来るはずだから。
それでいい、それで。
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