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彼女の身体が半分消え、銀砂のように消えていく。辺りに漂っていた、甘く優しい薫りが少しずつ消えていくのがわかった。
夜はもう感じようも無いほど明けており、月はゆっくりと私から遠ざかった。彼女は最後に優しく笑うと、その紅玉のような唇で私に何かを告げた。
「―よ―ら」
彼女の姿がどこにも見えようも無くなると、何故か私の目からは涙が零れた。それは朝日に照らされ、川のように頬を濡らした。
ああ、夜が開けたのだ。それは、私の髪を、頬をを照らす金色の朝日が教えてくれた。
それから私はそこで永久の時を過ごした。空を見上げ、星を数え、月を見て彼女のことを想った。
まるで涙のような雨がふれば、木々が私を覆い、雪がふれば花が私を暖めた。何時しか、丘は山となり、木々は大樹の森とかし、花は私の膝ほどの大きさになった。露を舐め、丘から動かずに月を、夜明けを見た。
夜になり、朝になり、また夜になり、また朝になる。私は時を数えることをやめ、月に恋したかのように空を見上げ続けた。私が月を見上げるたびに、夜は星の瞬きをうけて闇を散らした。夜が散るたびに月が私に微笑み、まるで彼女がすぐそばにいるようだった。
ある一寸の先も見えないほどの夜のことである。空からゆっくりと、私一条の火が落ちてきた。それは銀色に輝き、彼女の涙が落ちてきたかのようだった。その光は鮮やかに、そして美しく煌めきながら地へ降ってきた。
その火のかけらは優しく私の手に降りると、まるで接吻をかわすかのように灯りをちろちろと燃やした。それは恋人とあった少女のように甘えた風だった。その紅玉のような火は時おり色を銀に、黒にと変えていた。
そう思えば、そろそろ百万年である。
私はその火に優しく口つけをすると、その火が母のように私を優しく抱き締めた。それは彼女のように銀に、紅に、黒に燃えゆっくりと私を銀色の灰にしていった。
燃え尽きていく私が蛍火のように空へ上がり、月れ伸びる一つの銀の橋になった。その橋を渡るように月へ身体が引かれていく。身体の重さが無くなったような感覚があり、意識がふわふわと漂うような感じだった。
「そうか、今晩で百万年か」
火に抱かれ、身体がすべからく灰になった私は、銀の光となり彼女の待つ月へと登っていった。夢に微睡むような心地で空へ上がり、遠い月に彼女の微笑みを見たような気がした。
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