この家には盛り塩が欠かせない…

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 それだけでは、ない。  引き戸の隙間はじりじりとわずかだが広がり。そこから、さらに大きな『モノ』がこじ入れられようとしている・・・?  それが岡田さんの方を向いた時、彼は気が遠くなり。その場に崩れ落ちていた。   「我に返ったときには、朝になっていました。玄関にはーーそこには何もいなかった。ええ、何も。 引き戸も施錠されたままで、きっちり閉まっている。でもね。壁や床に」  無数の手形が残っていたらしい。マトモなものは一つもない。異様という言葉すらなまやさしい、赤黒い手形が。  なぜ、あの時『アレ』が、屋内に入りこまなかったのか。 「陳腐な言い方かもしれませんが、両親が欠かさなかった盛り塩。あの効き目が残っていたような気がするんです。だからーーそれまでも段階的にしか、怪異は近づいてこなかった。  あの夜も隙間は生じていたけれど、かろうじてーー紙一重で、助かった。  そんな気がするんですよ。そんな気が・・・」  以来、岡田さんは両親がそうしていたように、我流としか思えない盛り塩を欠かさない。両親のように。いや、ある意味、両親以上に執拗に。  風水のことは何も知らない。とりわけ盛り塩が、この家にとってどんな意味を持つのかも。  ただ、いつからか。また、どんな理由に拠るか、それもまた知るよしもないがーーこの家には『これ』が必要不可欠なのだ。  絶対的に。 「それだけは分かるんですよ。他人は信じないかもしれないが、そんなこと、どうだっていい。少なくとも、あの家に住もうと思うなら。  実際、盛り塩を再開してからは嘘みたいに何事もない。だから続けますよ。盛り塩は魔除けーー魔を近づけないともいうじゃないですか」  彼が最後に見たのは、 『あちこちが削れ落ちた頭部の残骸』  ・・・であったらしい。  人の頭部と岡田さんは言わない。『元・人の頭部』とも言わない・・・ 「あれが何であれ、二度と見るのはごめんだ。いや、仮に次に遭遇したなら。見るだけじゃすまないでしょうね」  そう言った岡田さんの人差し指から、  ポタン  と、一滴の鮮血がしたたり落ちた。
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