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玄関のあたりで妙な気配がした。
「薄暗いけど玄関には常夜灯が点けてあって。階段からも見てとれる。そうしたら、くもりガラスの引き戸の向こうで何か、動くものがある・・・」
施錠した戸のガラス越しに、ぼんやりとした影が移動している。
いや。
ふらついていると言った方がいいだろうか。
犬や猫じゃない。
人間?
「深夜ですよ。それに名ばかりだけど庭には門があって、こちらも夜間は施錠してる。だから、そいつが誰であれ。門の柵を乗り越えるかどうかして、玄関前まで入りこんできたことになる・・・」
そんな真似をする者がいたなら。
泥棒!
そう思うのがフツ―だ。いや物騒なご時世だ。外国人の強盗グループという可能性すら。
もっとも付近に立派な住宅はいくらもある。さえない中古住宅をわざわざ選んで押し入る理由がわからないが。
「まあ、そこまで考えたわけじゃない。とにかく頭にカッと血がのぼって、階段を一気に降りると玄関に向かって叫んだんです。
『誰だ!』
と。
そうしたら」
影は、フッと 見えなくなった。
隠れたとか逃げだしたという印象ではなかった。背後の闇に滲みこむように・・・。
「勢いにまかせて傘立ての父親のステッキを手にしてね。引き戸を一気に開けました。時間差があったとしても数秒くらい? なのに」
外は夜闇だけだった。
誰も、そこには見当たらない。
念のため庭や門も確認してまわったが、潜んでいる者はいない。何者かが徘徊した痕跡もない・・・。
「拍子ぬけですよ。錯覚だったのか、と思いました。何しろ葬儀からこっち、気が張りつめていましたから。疲れているのだと。
でも、それから」
玄関の異様な気配は、それで終わりにならなかった。
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