2話~9話

5/8
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
6 「奏くーん、瑠璃さーん!」  女の子の高い声が二人分揃って飛んできた。顔を向けると手を振っていて、奏だけが手を振り返した。それによって女の子二人は嬉しそうにきゃあきゃあしている。 「瑠璃さんも振り返してみたらどうですか?」 「えー……」  そんな芸能人じゃないんだから、と瑠璃は思うが、芸能人以上のオーラがある奏を前にして口には出さなかった。 「喜んでくれると思いますよ」 「まさか」  瑠璃は反射的にそう言っていた。奏にとってはファンサービスが日常の内なのだろうけれど、瑠璃は自分が同じ立場になるなんて上手くイメージ出来なかった。何より瑠璃は未だに恐れている。注目され、人の目に込められる見えない悪意を。 「奏くんは人気者だから分からないだろうけど……」  瑠璃は無意識に口に出してしまっている。奏が視線を向けても、瑠璃は行き交う生徒達の方を見るともなしに見ていた。 「――瑠璃さんの心ごと守ります」  その言葉にはっ、として瑠璃は顔を上げた。まあるい瞳が、奏の視線と交じり合う。 「って、自信持って言えればいいんですけど」  奏は苦笑交じりに付け加えた。 「言えないんだ?」 「まずは信頼して頂けるように頑張らないといけませんね」  ふふ、と瑠璃は小さく笑って唇に指先を当てた。 「奏くんなら、どんな女の子も口説き落とせるよ」 「――私が口説きたいのはたった一人だけですよ」  しっとりとした声音が耳に響く。瑠璃は目をぱちぱちさせて、胸の高鳴りを感じていた。熱を帯びた視線が時を止めたかのような錯覚を呼ぶ。  予鈴が鳴る。時が止まるはずもなく、我に返った。 「残念、もう時間だ」  失礼しますね、と奏は言い置いてあっさり去って行く。瑠璃は曖昧に返事をする事しか出来なかった。あのまま、時間があったとしたら何が起こっていたのだろう。自分はどうしていただろう。心の中の熱が体中を巡る。視線を俯けると自分のスカートが目に付いて、瑠璃は急に、奏と正反対である事を自覚して少しだけ胸が苦しくなった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!