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「奏くーん、瑠璃さーん!」
女の子の高い声が二人分揃って飛んできた。顔を向けると手を振っていて、奏だけが手を振り返した。それによって女の子二人は嬉しそうにきゃあきゃあしている。
「瑠璃さんも振り返してみたらどうですか?」
「えー……」
そんな芸能人じゃないんだから、と瑠璃は思うが、芸能人以上のオーラがある奏を前にして口には出さなかった。
「喜んでくれると思いますよ」
「まさか」
瑠璃は反射的にそう言っていた。奏にとってはファンサービスが日常の内なのだろうけれど、瑠璃は自分が同じ立場になるなんて上手くイメージ出来なかった。何より瑠璃は未だに恐れている。注目され、人の目に込められる見えない悪意を。
「奏くんは人気者だから分からないだろうけど……」
瑠璃は無意識に口に出してしまっている。奏が視線を向けても、瑠璃は行き交う生徒達の方を見るともなしに見ていた。
「――瑠璃さんの心ごと守ります」
その言葉にはっ、として瑠璃は顔を上げた。まあるい瞳が、奏の視線と交じり合う。
「って、自信持って言えればいいんですけど」
奏は苦笑交じりに付け加えた。
「言えないんだ?」
「まずは信頼して頂けるように頑張らないといけませんね」
ふふ、と瑠璃は小さく笑って唇に指先を当てた。
「奏くんなら、どんな女の子も口説き落とせるよ」
「――私が口説きたいのはたった一人だけですよ」
しっとりとした声音が耳に響く。瑠璃は目をぱちぱちさせて、胸の高鳴りを感じていた。熱を帯びた視線が時を止めたかのような錯覚を呼ぶ。
予鈴が鳴る。時が止まるはずもなく、我に返った。
「残念、もう時間だ」
失礼しますね、と奏は言い置いてあっさり去って行く。瑠璃は曖昧に返事をする事しか出来なかった。あのまま、時間があったとしたら何が起こっていたのだろう。自分はどうしていただろう。心の中の熱が体中を巡る。視線を俯けると自分のスカートが目に付いて、瑠璃は急に、奏と正反対である事を自覚して少しだけ胸が苦しくなった。
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