1(読み切り)

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1(読み切り)

 新入生にすごいイケメンがいる、という噂は二年生の瑠璃の耳にも入っていた。興味はある。が、瑠璃も入学当初は美少女だなんだと騒がれあまり良い思いをしなかった所為か少し同情も湧いた。それらを気にしない性格の持ち主ならば問題はないのだろうけれど。 「ねえ」  声をかけられて、考え事をしていた所為かつい振り向いてしまった。瑠璃の目の前には男子生徒が一人、ネクタイの色で一年生だと分かる。髪を染めているからとかそういうことではなく、瑠璃は嫌な予感がした。 「きみ、すごくカワイイね。ラインやってる?」  とかなんとか言われるが、瑠璃は無視して立ち去ろうとした。上級生をナンパする度胸はすごいと思うが、迷惑でしかなかった。 「ねえ」と腕を掴まれる。触られた所がざわ、と粟立つ。  瑠璃はもう追い払うしかないと決意し、口を開きかけるが―― 「――私の友人に何か用かな」  第三者の声に空気が止まった。その声の主は瑠璃の傍に来てやんわりと男子生徒の手を離させた。  新入生のすごいイケメン――そのひとで間違いない。さらさらの黒髪、艶やかな白皙。百六十センチの瑠璃より十センチは高い身長。顔立ちは中性的で、美少年と言って差し支えないだろう。  長い睫毛に縁取られた優しい瞳を向けられているだけで、男子生徒はもごもごと言い訳のようなものを言いながら退散していった。 「お役に立てたかな?」 「……うん。ありがとうございます」  にっこりと微笑みを返されて瑠璃はどき、とした。ときめいて、しまった。 「教室まで送りましょうか」 「いや、大丈夫……です」 「そう」  去り際までスマートだった。瑠璃は、自分はこんな単純だっただろうかと考える。考えたところでどうしようもないのだが、“彼”が自分の噂でも耳にしたら……と憂愁が湧く。窓に映った女子制服を着た自分を見つめる。  この学校は性別に関係無く制服を選べる。瑠璃は、スカートを選んだ。男子制服しか選べなかった中学時代は、この女顔の所為で散々だった。自分を女だと思ったことはないが、見た目が“こう”なので男らしさを追求して失敗し、行き着いた先は女の子の格好だった。見た目が女の子なら、よほど噂好きの人でなければからかってこない。それだけで充分だった。……クラスで話をする人は居ても、休日に一緒に遊ぶ友達は居なかったけれど。  瑠璃は高鳴った胸を落ち着かせようと教室までゆっくり歩いた。恋愛は自由にすればいい。けれども自分が男をすきになるなんて考えてもみなかった。  瑠璃に友達は居ないが、幼馴染は居る。クラスは隣の地味で無口な男だが、瑠璃の女の子の格好を見ても態度を変えなかった。興味がなかっただけだろうが、瑠璃はそれで少し救われた気持ちになったのは確かだった。  そいつにラインを送る。 『男にときめいた僕の気持ちを察しろ』 『理解不能』  僕もだよばかやろう、と瑠璃は小さく呟いてスマホの画面を消した。 *  新入生のすごいイケメンは立っているだけでも絵になる。瑠璃は思わず見惚れてしまった。よって、相手に気付かれた。 「あれ、この間の……」  放課後の昇降口。まばらに通る生徒達を背景に、“彼”は人待ちふうに佇んでいた。近づいたら女の子達が飛んできて怒られるのではないかと思った瑠璃だったが、近づいてもなにも起こらなかった。 「どうも」  たった一言返した言葉を瑠璃は気にしている。鼓動が早くなる。なんだろうこれは。 「お一人ですか?」 「幼馴染の奴を待ってる」 「……恋人さん?」 「えっ、違う!」 「ああ……そうですか。失礼」  “彼”は目を伏せたが、つい、と視線を瑠璃に戻した。 「変に思われるかも知れませんが、初めて会ったときから妙にあなたが気になってしまって……」 視線に熱が籠もる。それなのに瑠璃は心に過ぎった不安を見逃さなかった。 「僕の噂、聞いたの」  からかわれるこのパターンはもう経験済みだ。 「噂? いえ、なにも……。すみません」  申し訳なさそうにする“彼”。瑠璃は警戒心から“彼”を傷つけてしまったことに恥じ入った。“彼”は見た目だけのひとではないと信じていいかも知れない。 「ごめんなさい。容姿でからかわれることが多くてつい……」 「――こんなに可愛らしいのに?」  さらりと言われた言葉に瑠璃は頬が熱くなった。人を褒めるときまでもスマートだ。 「でも、それは……」  偽りの姿だ。 「可愛いですよ。一目惚れしてしまうほどに」  甘く優しい声も、なんだか、心に棘のように刺さる。 「私にこんなことを言う資格はないかも知れないけれど、良かったら、まずは友人になって貰えませんか?」  真摯な言葉、瞳。瑠璃には受け止めきれない。本当のことを知ったら、“彼”は今このときのことを後悔するだろう。ならば、自ら打ち明けてなかったことにしてしまえれば――  二人に向かってくる人影が二人分。それぞれの待ち人は同時に言葉を発した。 「同性をナンパか?」 「同性をナンパするなって」  瑠璃の幼馴染の男と、“彼”の友人は見知らぬ者同士なのに顔を見合わせた。瑠璃も「同性をナンパ」という言葉を頭の中で反芻する。  幼馴染の男は瑠璃が男だと知っているからいいとして――“彼”の友人は瑠璃を女だと思っているとしたら…… 「えっ……?!」  瑠璃は目の前のすごいイケメンを見た。美少年である。にっこりと微笑まれても、今はときめいている場合ではない。 「私達は、良い関係を築けると思いませんか?」  いち早く状況を理解した“彼”――もとい彼女は、恭しく瑠璃の手を取って、なんの恥じることはないと言わんばかりに瑠璃の瞳を見つめた。 「うそ……」 「私も同じ気持ちですよ」  瑠璃は混乱したままであったが、彼女の手をそっと握り返した。 *  彼女の学校生活はファンの女の子達によって守られているらしい。夢を壊したくないとかなんとか。そんな彼女とお近づきになって大丈夫なのだろうかと瑠璃は思ったが――美男美女カップルに見えるのでファンの女の子達はおおむね満足のようだった。彼女がファンサービスを怠らなかったお陰もある。自分の中学時代の荒れようは一体なんだったのだろうと思い返すが、彼女にも色々苦労はあった。そんな話をできるようになっていた。  瑠璃がエスコートされるときもあったし、エスコートするときもあった。女の子の格好のときも、男の子の格好のときも、一緒に居れば気持ちを偽らずに、二人は自然体でいられた。
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