1章 遭遇

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着替えるために隣の部屋に移動してくれていた天月くんは、どうやら耳が良いらしい。もちろん、サトリ程ではないけれど、すごい能力だと思う。 「おお、本当に妖のようになった」 「可愛らしいですよ」 果たして、生成りの面を付けたメイドさんは可愛らしいのだろうか。 「それでは屋敷の者に紹介させて頂きます。天月様は仕事してくださいね」 「わ、分かっている」 こちらに着いて来たそうにしている天月くんだけれど、彼はどうやら現当主らしいのだ。こんなに幼いのに。外見年齢で言えば七歳くらいだよね? 「最近は屋敷にいる者が少ないので、紹介できるのは僅かですが。イチジク、中へ」 「三つ眼さん、俺が部屋の外にいること存じだったのですね」 苦笑しながら入ってきたイチジクと呼ばれた人物を見て私は面の下で瞠目した。 「初めまして。急遽、貴女の教育係となりましたイチジクと申します」 少しだけ長い前髪。濡れ羽色のような指通りの良さそうな髪。すっと通った鼻梁に、色素の薄い瞳。大学で騒がれていた青年と同じ姿をしているのに決定的に違うことが二つ。 「き、狐?」 「はい。俺は化け狐の妖怪で、天月様のような妖力は持ち合わせてはおりませんが、変化は得意ですよ」 思わず零れ出た一言に何でもないことのように返された一言。 え?狐?妖怪?妖怪が大学に通ってるの?なんで? 頭の上にあるのは、髪の色と同じ狐耳で、ふさふさの黒い尻尾が揺れているのも視界に映った。 嘘、コスプレとかではなくて? それか顔が似ているだけの別人ってことも……。 「イチジク、現世の学舎はまだ通っておりますよね?充実してますか?」 同一人物だと……。 「はい。私事ですみません。屋敷の仕事は今日から復帰しますので」 大学に居たのは何か理由があったのだろう。全く気が付かなかった。 「初めまして。こるりです。よろしくお願いします」 「俺は、狐のイチジクと申します」 とりあえず話すことは初めてだったので少しだけ緊張しつつ、仮の名前である「こるり」を名乗った。どうやら人間が本名を晒すことは危険だとか。 つまり、小瑠璃だ。平仮名読みにしたのは、自分の名前を書くのが面倒だったからという訳では決してない。
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