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「そこの狐には死んでもらおう」
指先から生み出されるのは何かの瘴気、妖怪ならばひとたまりもないであろう、穢れの塊、妖力を全て変換させてしまう程の。
「狂った果てに自滅しろ、黒狐」
悠也が人を喰って集めた力を少しずつ瘴気に変換したのだろう。それが一気に放出される。黒い塊は毒々しい霧のように彼の指先に集い、少しずつ膨張していく。
嫌だ!失いたくない!
恐怖を封じ込めたはずの私が久方ぶりに感じた恐怖は、失う恐怖だった。
そう思ったら何も考えることが出来なくなって。
私はイチジクさんの前に飛び出した。
もちろん、数秒後にはそれは直撃することになる。
「瑠璃さん!!」
「……う…」
どうしよう。何も見えない。手の温もりだけが私の意識を繋ぎ留めている。
こんなはずじゃなかったのに。捨て身覚悟でここに来たけれど、怨みを晴らすことが出来なかったけれど、何もかも上手く行かなくても、何故だか満足してしまっている。
「……げて」
どうか。
「逃げて……」
振り絞って声を出したけれど、上手く音になったかな?イチジクさんに伝わってる?
私に纏わりつく瘴気は危険だから、どうかイチジクさん。離れて。
元はと言えば咄嗟に呼んでしまった私が原因なのだから。
意識を失いそうな私の耳に呼びかけるイチジクさんの声がする。
「駄目です。どうか、どうか!」
心配させてる。とても。
私は彼に伝えたいことがあった。それを口にしかけた時、私が最初入ってきた入口から誰か、堂々とした足音が近付いてくるのを感じる。
「……誰?」
誰か来るはずがない。
だってそんな都合の良いことなんて。
「水臭いわねー、こるり。一言言ってくれたら私がどんな者も幻想の世界へ誘ってあげたのに」
凛とした声が暗い部屋の中を切り裂く。
薄目を開けて、自分の先輩でもある雪洞の姿を確認して、涙が零れる。
「雪洞さんまで……、でもどうしてここに」
「イチジクに付けていた発信機と、こるりがここに来るまでのドアを開けていたおかげだな」
「天月様!?」
天月様がどうしてここにいるのだろう?こんな危険なところ。ぼんやりとした意識を保ちながら、彼がここにいるという事実が現実だと知った。
「天月様……ど、して」
「瑠璃さん動いては駄目です!」
私を支える手に身を委ねていれば、イチジクさんはそっと抱え直して私を楽な姿勢へと変えてくれた。
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