6章 復讐者

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「ああ。止められる」 はっきりと口にした瞬間、悠也の動きがピタリと止まる。時が止まるがごとく、指先一つも動かせない程に。 「雪洞。夢の中へ誘ってしまえ」 「はい、了解致しました」 あ、復讐が出来ない。このままだと私は何も出来ずに終わってしまう。今まで生きてきたのは何のため? 慟哭にも近い叫びが渦巻く中、声に出す前に背後から口を手で塞がれ、私は誰かに抱き竦められた。 ぐるんと前を向かされて、何やら痛ましげな表情のイチジクさんと目が合った。 「な、なんで止めるの?イチジクさん!」 「このまま、貴女が復讐を遂げさせるのを黙って見ている訳には行きませんから」 「だって、私は!何のために」 仮契約をした彼の名前を呼べば、言う事を聞かせられる。止めるな、と命令してしまえば。 「イチ、」 「させませんよ」 ぐいっと顎を掴まれて視界は彼で占められた。強引に重ねられた唇。私の声を吐息ごと奪いながら、何か力が抜けていく感覚。何か頭がぼーっとしてきた。 「ん……んぅ……」 吸い取られていく。私の力が。抵抗力が。少しずつ奪われていく霊力に、立っていられなくなる。 どうして、止めるの?何で?私はもう応戦なんか出来やしないだろう。前にもあった。霊力が奪われて行ったことが。 「貴女の中にある悪いものも持っていきますね」 先程受けた瘴気も吸い取られていく。そんなことしたらイチジクさんが……。 口付けを通して伝わってくる熱は、イチジクさんが無事なことを伝えてくる。 本当に大丈夫なのかと頭の中を心配だけが占めていく。 どうしよう。たぶん、頭の中は単純なことしか考えられなくなっている。 イチジクさん。復讐。イチジクさん。復讐。交互に現れては私の頭の中を掻き乱す。 「ん……ぷはっ…」 ようやっと長い口付けから解放され、そのせいで濡れた唇を撫でる指先。 目蓋がくっつきそうで、薄め越しに彼を眺めることしか出来なくて、彼がどんな顔をしているのか見づらかった。 「これで俺は貴女に、完全に嫌われてしまうでしょうね」 寂しそうな声が聞こえて、私がそれに何か答える前に意識は落ちていく。深い、深いところへ。
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