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引き寄せる手は青年らしく節くれだっていて、美しい手だった。
「南さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です……あの、私」
大学のカフェテリアから遠く離れ、めったに誰も近付かない裏庭まで来て、ようやく胸を撫で下ろした。
惨めな思いと、悔しさで目頭が熱くなっている。
あ、駄目だ。ほっとしたら泣きそう。
女々しい自分が嫌で、恋に恋していた自分が情けなくて、身体が言うことを聞かない。そこまで恋に夢中になる訳がないのに。どうしてこんなにも悔しいのか。
嫌だ。泣きたくなんかない!
「泣いても、良いんですよ」
「っ……!」
優しい言葉。私を全肯定してくれそうな、人を駄目にしてしまうようなそんな声音。きっと甘い毒か何かに近い。身を委ねたら、私はきっと駄目になる。何かが決壊してしまう。
唇を噛み締めていると、ふいに白檀の香りが近付く。
イチジクさんの香りは何とも雅だと思う。
「あの、」
すみません、困らせるつもりはないんです、と伝えようとしたのだ。
きっと苦笑しているのだろうなと顔を上げようとしたら、唇を優しくなぞる指先。
「そんなに噛み締めたら、傷付いてしまいます」
これ以上ない程に甘ったるい声。
ふいに白檀の香りが濃くなって、何かおかしいと気付いた時はもう手遅れだった。
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