1章 遭遇

21/41
前へ
/179ページ
次へ
引き寄せる手は青年らしく節くれだっていて、美しい手だった。 「南さん、大丈夫ですか?」 「あ、はい。大丈夫です……あの、私」 大学のカフェテリアから遠く離れ、めったに誰も近付かない裏庭まで来て、ようやく胸を撫で下ろした。 惨めな思いと、悔しさで目頭が熱くなっている。 あ、駄目だ。ほっとしたら泣きそう。 女々しい自分が嫌で、恋に恋していた自分が情けなくて、身体が言うことを聞かない。そこまで恋に夢中になる訳がないのに。どうしてこんなにも悔しいのか。 嫌だ。泣きたくなんかない! 「泣いても、良いんですよ」 「っ……!」 優しい言葉。私を全肯定してくれそうな、人を駄目にしてしまうようなそんな声音。きっと甘い毒か何かに近い。身を委ねたら、私はきっと駄目になる。何かが決壊してしまう。 唇を噛み締めていると、ふいに白檀の香りが近付く。 イチジクさんの香りは何とも雅だと思う。 「あの、」 すみません、困らせるつもりはないんです、と伝えようとしたのだ。 きっと苦笑しているのだろうなと顔を上げようとしたら、唇を優しくなぞる指先。 「そんなに噛み締めたら、傷付いてしまいます」 これ以上ない程に甘ったるい声。 ふいに白檀の香りが濃くなって、何かおかしいと気付いた時はもう手遅れだった。
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加