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何も言えなかった。眠れないのも本当だったから。でも、それは環境の変化のストレスなどではなかったのだけれど。
「イチジクさん、運が良いんですね。ジョーカーを一回引くことなく最後まで行くなんて」
「やはり二人でのババ抜きは最後くらいしかゲームになりませんね」
そりゃそうに決まってる。最後まで、勝負ではない勝負をひたすら重ねているだけだ。ジョーカーを除き、引いたら必ず捨てることが出来るカードしかないのだから。
「二つに一つですよ。どちらかお選びください」
私の手元にあるのは数字の四とジョーカーのカード。
私の手から抜かれたのは、ジョーカーのカードで、最後の最後でイチジクさんの運は味方してはくれなかったようである。
「二分の一の確率ですから、仕方ありませんね」
苦笑しながら二枚のカードを背に隠して、私に差し出す。
「さあ、どうぞ」
「じゃあ、こっち」
「あ」
イチジクさんが呆然とした声を上げる。
「私の勝ちですね」
「最後にジョーカーを引くとは、運があるのかないのか」
ふふ、と小さく笑いながらこちらを見つめている。
「さて。トランプは一回やりましたし、せっかくなので、ホットミルクでも飲みませんか?実はトランプなんてほとんど口実でして」
「まあ、それは薄らと」
たぶん理由を作るのが下手なのだ。器用なのか、不器用なのか。
冷蔵庫から二つのカップを出すと、イチジクさんは両手にカップを持ったまま、口角をゆっくりと引き上げた。
悪戯を思いついた小学生のような顔が珍しくて、思わずじっと見つめてしまう。
「温度はぬるめで良いですよね」
その途端、ふわりと彼の周りに疾風が巻き起こったかと思えば、青色の炎がカップの周りをぶわっと覆っていく。
「っ!?」
「大丈夫、俺の炎は燃えませんよ」
何、今の!!
その言葉の通り、ぶわりと青色の炎に包まれたコップは焦げることもなく、彼の手にあった。
「電子レンジなしでも温められるのが俺の特技です」
「び、びっくりしました」
「はい、これはホットミルクです。蜂蜜は入れますか?実は、テーブルの上に砂糖と蜂蜜があるんです」
「ありがとうございます。蜂蜜入れてみようかな……」
受け取ったカップはちょうど良いくらいの温かさで、ほっと息をついた。
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