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「みんなのために。みんなのために。お前たちはどうかしてる。確かに素晴らしい言葉だよ。みんなのために。お前たちが言っている、その、みんなのために。それはどんな言語にもある。確かラテン語ではこう言ったかな"non sibi sed aliis"英語ではこうか?"One for all"だがこれには続きがあったよな。何だったかな。ああ。そうだ。"All for one"だ。もしかしたら間違ってるかも。でも今それを調べる手段はないな。昔は"ggrks"なんて言葉があったらしい。まだウェブが機能していた頃の言葉だ。しかし世界は文明を失った。誰か今度ライブラリーを探しにいかないか?まあ、それは良いんだ。ああ、みんなのために。確かに今までやってきたのはみんなのためでもあったかも知れない。だがそれとこれとは違う。私達には目的があったはずだ。それはみんなのためになることじゃない。より良い生活のためだ。みんなでより良い生活を望んだ。だから共同体を作って、これまで必死に頑張ってきた。それなのにみんなのためにならない奴なら、その顔さえ見ないのか?なあお前らに言ってんだよ。思考停止しやがって。みんなのためにと復唱してれば、例えば育った野菜の栄養価が増すとでも思ってんのか」
それでもこちらを見ない者たちがいる。これだけ言っているのにだ。ここには見えない壁がある。そしてそれはかなりの遮音性らしい。もう限界だ。
大きく長い卓上に並べられた食事。その前で私の話を聞かず「みんなのために」の儀式を続ける者たち。よく見れば人によって与えられる食事量にかなりの差があるようだ。食料なら畑のおかげで、今では十分に足りているはずだ。与えられる。そもそも与えられるなんて言葉は相応しくない。私たちはそれを分け合っていたはずだ。
いい加減にしろ。私、いや俺は卓上の食事を薙ぎ払い、そのまま卓を持ち上げて、それを壁へと投げ付けた。
それは初めここへ来た時に、俺が直した壁だった。卓の一部はめり込んでいた。さすがに人々は動揺して俺を見た。みんな俺を獰猛な獣をみるような目でみている。俺に恐怖しているらしい。だが本当に恐怖すべきなのは俺じゃない。俺は顔に付いていた食べ物や壁の破片を手で拭い捨てると、床で震えている全員に言った。
「みんなのためにやったんだ」
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