記憶の、上書き。

9/9
前へ
/9ページ
次へ
「それは・・・また・・・」  篠原が、本間と過ごしたくて予約していた部屋。 「ちょっと、気の毒な・・・」 「ええ・・・。でも、誘惑に勝てませんでした」  うろうろと、大きな手が背中をさまよっている。 「・・・あきれました?」  眉を下げられて、笑いがこみ上げてくる。 「ばあか」  しおれきった江口の両頬をつねって伸ばした。 「んなわけないだろ。もしも俺が秘書さんに打診されたら、同じようにありがたく使わせてもらったさ」  篠原と本間には悪いが、こんな機会、なかなかないのだから。  ふいに、池山の中でスイッチが入った。  目の前の男を、もっと感じたい。  足を広げて、江口の腰に絡める。  彼の瞳も同じように雄の色が広がり、ゆっくりと突き上げてきた。  同時に二人で息をつく。 「なあ・・・。チェックアウト、何時だっけ」  唇を耳に寄せてことさら甘い声で尋ねると、江口は膝を撫でた。 「・・・明日の、正午です」 「・・・は?明日?」  思わず、素に戻った。 「はい明日」  確かに、今日はまだ土曜日。  連泊するのも可能だ。  しかし、クリスマスイブのセミスイートは、景気が低迷している今でも争奪戦だろう。リザーブするなら半年以上前、もしくは特権を振りかざしてねじ込むかだ。何にしろ、本間を追いかけ始めて割とすぐに部屋を押さえたのは、半分願掛けでもあったのではないか。 「・・・まったく、意外と乙女なんだよな、秘書さんって・・・」  そんな彼の可愛らしいところが本間の琴線に響くといいなと、少し思った。  今日はクリスマス。  キリスト教徒ではないけれど、特別な日。  愛しい人との時間を存分に味わいたい。 「コウ・・・」  唇を合わせながら願った。  すべての人に、幸福を。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加