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『秘書さん』。
それは片桐の祖父母付きの第三秘書の、篠原高志のことだ。
「で?」
「しばらく我慢していたけれど物凄く気になったので、アドレスを書き写して、連絡を取ってしまいました・・・」
池山は驚いて傍らを振り返る。
そこには、見るからにしょげかえっている江口の顔があった。
「・・・ま、いいけどよ。確かに、お前のいない間、秘書さんと結構連絡取り合っていたのはホントだし」
正直、暇をもてあましていたのだ。
篠原自身はもちろん池山と違って多忙だが、彼は春から大きな悩みを抱えていた。
偶然行き会った本間と軽い気持ちで一晩過ごし、予想外の魅力にすっかりはまってしまったのに、まったく相手にされない。
いつ会っても、適当にあしらわれ、けんもほろろに追い返された。
持ち前の美貌と知性で老若男女問わず手の平で転がしてきたであろう篠原にとって、初めてのことだった。
一人の人に固執するというのは、彼にとってある意味、趣旨変えに近いカルチャーショックでもあるようで、かなり迷走中だ。
最初に見かけていた頃は、いつも冷静で完璧に仕事をこなすアンドロイドのような男だと思っていたが、急に人間くさくなったのがなんとも可愛らしく、また、なんとなく自分に似た部分を見いだして、ちょくちょく構っていた。
そういえば、秋ぐらいから彼からの連絡が間遠になっていたが仕事のせいだと思ってたし、逆にこちらは江口の帰国に浮かれていたので気にも留めていなかった。
「なんだ、お前にシフトしていたのか」
「ええ、まあ・・・。そうとも言います」
相変わらず、歯切れの悪い答えだ。
「なに。お前、俺が秘書さんとどうにかなってるんじゃないかって思ったわけ?」
ぱしゃりと湯を顔にかけると、手で泡と水分をぬぐいながら、ぼそぼそ言い訳を始めた。
「いや・・・。池山さんが浮気しているとかは・・・思わなかったんですが、篠原さんが、相談事を口実にしているんじゃないかって気がして・・・」
「あの文面のどこを読んだら、そんな結論になるんだよ」
どのメールも、なつみさん、なつみさん、なつみさんの連打である。
「いや、メールの中身は、ちょっとしか、見てないから・・・」
「やっぱり読んだんだ」
「ええと、全部じゃありません、ちょっとです」
でも、と腕の力を込められて、肺の空気が抜けた。
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