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「いやぁ。あの頃は若かったですね。それからその喫茶店に通い詰めましてね。そのうち少しずつお話しできるようになって。そこからどんどんアピールして4か月後に初めて二人で出かけたんです。その時記念にってプレゼントしたのがこのコーヒーセットなんです。」
白の簡素なコーヒーカップだった。
底の部分にはコーヒー豆のような凹凸がある。
「コーヒーを飲み進めて最後の一口の時にデザインが浮かび上がるようになっているんです。珍しいでしょう?そのほかにもそこの棚にあるものにはそれぞれ妻との思い出がこもった者ばかりなんですよ…」
棚には数えきれないほどのカップやドリッパーがならんでいる。
浩太さんは目を閉じながら目頭を押さえている。
「…今朝の手紙。今この場に娘と慧君がいないこと。
わざわざあなたが来たこと。」
「…」
上げられてきた顔には涙の跡が見て取れた。
「覚悟はできてます。教えてください。妻は…玉子は…」
そこで再びかれは言葉を詰まらした。
彼の目を見る。言葉はつまり、目は明かく充血している。
しかしその瞳はしっかりとこちらを見据えていた。
「わかりました。お話しします。」
長い夜が始まった。
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