2 引っ越し

2/21
1095人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
悠李がアパートに帰り一息ついていると、大家が訪ねてきた。 悠李はこの年嵩(としかさ)の女性が得意ではなかった。何かにつけてチェックし、「そういう決まりなので」と口煩く言いに来るからだ。 今回も突然の解約に文句を言いに来たのだろうと、内心うんざりしながらドアを開けた。 だが予想に反して大家は笑みを浮かべている。 「河野さん、良かったわねぇ。新しい働き口が見付かったんですって?」 「ええ、まあ」 「雇い主の方、とてもいい方ね。 電話での感じも良かったし、突然の解約で申し訳ないからって、もう一月分の家賃を出すって言うのよ」 「ええっ!?」 「やだっ、もちろん私はお断りしたわよ? でも先方がどうしてもって言うから。 あまりお断りするのも、ね?」 「はあ……」 「細かいゴミとか捨てるものがあったら、こちらで捨てておくから玄関に置いといてちょうだい。 他にも困ったことがあったら声をかけてね」 「ありがとうございます」 「いいのいいの。こんな時はお互い様よ」 悠李はこんな風にご機嫌な大家を初めて見た気がした。 お金に物を言わせたのか?と不愉快な気持ちに覆われていく。 だがそれは、この大家だけではなかったとすぐに知ることとなった。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!