第1章

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 以前、私はある会社に勤めていました。  たぶん、名前を言えば分かると思います。えぇ、そうです。あの会社です。  CMもやって評判よく見せてますが、実際は違います。ネットは便利ですね。人のクチは閉ざせないと実感できますよ。あの会社の悪評がごろごろ転がって。  えぇ、分かってます。  私も同罪です。あの会社にいたのですから。  ターゲットはご老人でした。  あいつらは長い説明をすれば、こんがらがって理解できない。簡単なことを言えばすぐ乗っかるって。えぇ、分かってます。  ひどいですね?  えぇ、自分のことです。自覚してますよ。  でもね、これぐらいはまだ良い方です。  営業の訓練もさせられましたが、ひどいものでした。あの手この手でお客を騙し、会員にさせるんですが。はじめに言われたのは『カボチャと思え、ってのあるだろ。舞台に上がるときの。あれだよ、あれ』と言われたんです。  お客をカボチャと思え。そうすれば、ためらいなくやれるってことなんでしょうね。  はじめは不謹慎ながら冗談だと思い、笑ってしまいました。  えぇ、ひどいですね。  すいません、私はその一味でした。その通りです。あなたが軽蔑するのも無理はありません。ですが、私だって逃げたかったです。でも、当時はいい歳で再就職は厳しく、あそこに就けたのが奇跡なほどでして。  ……あの人、笑わなかったんですよ。  あぁ、カボチャと言った人のことです。あの会社の教官みたいな人だったのですが。あの人、カボチャの発言のあと笑いませんでした。  それが、あとでじわじわ来ましたね。  あ、この会社、本当にお客を人間扱いしてないと。  苦笑まじりの笑いさえ起きないほどに。  かけらも罪悪感がない。  戦慄しました。  え?  だったら、なぜ辞めなかった、ですって。  だから言ったじゃないですか。  あのときは私、他の会社を辞めたばかりで。それもパワハラで、精神を傷つけられたのに損害賠償することもできず、頻繁に気持ち悪くなり嘔吐を繰り返しながらも、どうにか再就職できた場所だったんです。確かに、あとから見れば滑稽でしょうが。でも、しょうがないでしょ?
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