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浅葱は引き寄せられるように、その顔だちに魅入った。
女子高生が黄色の悲鳴をあげそうなほどに整っている。
佇まいも含めて、その硬質な端正さは、モデルにでも向いていそうだ。
でもその眼差しは、目の前でスピードを緩めた電車を見ているようで、そうではないような気がした。
......まるで電車の向こう、現実を通り越した何かを、ここにはない何かに魅入っている昏い瞳。
汗ばむほどに熱のこもっていた浅葱の体温がすっと下がった。
どこかで。
どこかで、あの目を、見た。
誰か。
誰。
忘れようもない。
ーー◯◯くん。
眼裏をよぎった顔に、ぶわっと鳥肌が立った。
電車の扉が開く。
なだれるように吐き出された人、人、人。
音も、視界も、消えた。
ただ見えているのは。
そっちに行っては、
「……っダメ……!」
喧騒にまぎれた言葉に、彼がゆっくり振り返った。
息をのんだ。
のぞいてはいけない昏さが、光に透けたブラウンの瞳の中で静かに燃えている。
確かに彼はこちらを向いて、視線もしっかり浅葱を捉えている。そのはずだ。
でも、本当には見ていない。
誰も、何も、この世にあるすべてのものが、彼の目には映っていない。
光さえも吸いこんでしまう、それは虚無か。
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