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「音楽の世界で食っていきてえって思ってたんだけどな」
「お前の夢を壊したか、俺は」
「本当だよ、明日からどうやって生きてきゃいいんだ。しかも親父みてえになっちまうんだろ? オレは。三十過ぎて刑務所とかマジ、かったりいんだけど」
「鉄筋鉄骨入りの馬鹿だな、お前。俺とちがって」
「ちがわねえだろ」
「いいやちがうね。いいか、お前はこれから起こるあれこれを、あらかた聞いて知ったんだぞ」
「だからショック受けてんじゃねえか」
「かーっ、だめだね。お前、今の俺より全然だめ。さっき、NTTの――今はまだ電電公社か。そこの株持ってりゃ馬鹿でもなんでも儲かるんだって話をしたばっかじゃねえか。競馬の話ひとつ取ったってそうだ。やりようによっちゃ人生の流れをでかく変えられんだろうが」
「なんかピンと来ねんだよ。おっさん未来で人騙す仕事してねえか?」
「なんだ、お前。俺が信用できねえのか」
「信用はしてるよ。だけどオレまだガキだから、よくわかんねんだよ。世間とか社会とかそのへんが」
「ガキだからじゃねえ、馬鹿だからだ」
「どっちでもいいよ、別に」
遠くから緊急車両の音が聞こえた。平成ラス前の年に浅草で聞いたそれとはちがう、どこか懐かしい周波数。
「大事なとこだけ教えといてやる。いいか、この国はあと何年かすると好景気ウイルスにやられて誰もが乱痴気騒ぎをはじめる。土地を筆頭に物価が馬鹿みたいに跳ねあがってくんだが、そんなもの全然気にならねえスピードで、銭が世の中を駆けずりまわる。ぐるんぐるんにな」
「日本がそうなんのか?」
「アメリカや中国の話したってしょうがねえだろ」
「確認しただけじゃねえか。だけど凄えことになるんだな、この先」
凄いことにはなる。但し、終わり方はろくでもない。俺は道に這い出してきた縞蛇のせいでコケそうになった。
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