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この体勢からだとこいつは比較的自由なほうの腕――左腕を使って土やら砂利やらを俺の顔にぶん投げてくる。要は目潰し。で、その後に頭突きや金的蹴りといった打撃系を繰り※だしてくる――プロファイリング完了。というより、俺はこの少年のパターンを知り尽くしている。だって俺だもの。
「おっさんのお前は重てえだろう」
俺は少年の一・五倍はある体重を、右膝の下敷きにされている左腕にかけながらいった。
§
「もうバイト間に合わねえ。クビだよ、おっさんのせいで」
しかし暑い。雑草の背丈と緑の濃さからして、おそらく夏のど真ん中だろう。ついさっきまで冬の浅草にいた体にはひどく堪える。着ていた服――防寒性能を持つ類いのそれは人が寄りつかなさそうな茂みの陰に隠した。
「俺のせいじゃねえだろ」
「どう考えたっておっさんのせいだろうが」
俺たち、というか俺と俺は、畦道に毛が生えたような道の脇にあるバス停のベンチに座っていた。トタン張りの屋根のおかげで殺人的な陽射しは浴びずに済んでいたが、熱中症にやられるリスクまでは軽減できていない。加えてベンチの上でする少年のウンコ座りが、いくら昔の俺とはいえ意味不明にすぎた。
「あそこのバイトはやめといたほうがいい」
「うるせえな、オレの勝手じゃねえか」
「こっちは親切でいってやってんだ。嫌いだろうが、ゴキブリ」
少年のバイトは清掃員。歳をひとつごまかした上に、高校を退学したことにして雇ってもらっている。飲食店の定休日か営業を終了した後にホールはもちろん、厨房や照明器具に至るまで、なんでもかんでも綺麗にしちまうのが彼――いや、若き日々の俺の仕事だ。
「慣れたよ」
いつだったか油塗れの換気ダクト裏を掃除してるときに、ゴキブリの大群に襲われたことがあった。たしか秋も終わりの頃だったから、俺少年はまだその目に遭っていない。
「うそつけ」
「たかが虫だぜ、おっさん」
俺は逃げる途中で脚立を踏み外して転げ落ち、胸をキッチンシンクの角に強かぶつけた。左の肋骨が全部折れたんじゃないかと思うぐらいの痛みにのた打ちまわったが、社長に湿布を何枚か貼られて、そのときは終いだった。平成の世ならそのブラックぶりをネットで叩かれる羽目になっていたにちがいない。
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