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「こんなでけえのが何十匹もお前の体に群がってきてもか?」
少々誇張したサイズを、人差し指と親指を使って示してやる。
「ヤッケ着てっから平気だ、そんなもん」
「ばーか。あいつらちょっとした隙間見つけちゃ、つるんつるん体を滑りこませてくんだぞ」
「もういいわ、どうせクビだから。おっさん今日のバイト代、代わりに払ってくれよ」
「自分をカツアゲしてどうすんだ」
こいつと会う前に腹が減っていたことを思いだした。この近所だと……たしか掘っ立て小屋風情な駄菓子屋があったはずだ。
「沢村少年、腹減ってねえか?」
「おっさんの奢りならなんでも食ってやるよ。ていうか、自分だって沢村だろ」
銭があるかどうか、ポケットの中を探った――札の感触。数千円はありそうだ。
「おう。なんでも好きなものを食わせてやる。但し、そこの駄菓子屋だぞ」
「あんなとこカップ麺とアイスぐれえしか置いてねえじゃねえか。オレの好きなもんなんてねえよ」
こいつはラーメン屋にでも連れてってもらえるとでも思ったのか。まったく、人の銭だと容赦がないところなんか俺そのものじゃねえか。こっちはホームレスだぞ、ホームレス。
「入って右側に菓子パンなんかもあっただろう」
「まあ、なんでもいいよ。今日のバイト代と同じだけ食ってやっから」
「そんなに食えるわけねえだろ、ばーか」
「食えなくたって食ってやる。後んなって金が足んねえとか、泣き入れてくんなよ」
坂下の駄菓子屋に向かって、ふたりの俺は歩きはじめた。
§
「いやあ、うまかったわ。ごっそさん。さっき本当に死にかけたからよ、腹減って」
ペヤングと三色パン、それにコーラ。いつの時代も変わらぬおいしさとはまさにこのこと。俺たちはさっきのバス停に戻ってきて、さっきと同じように座りこんだ。
「いっとくけど、おっさん。さっきの奢りじゃねえからな。ちゃんと返せよ」
「細けえこというなよ。いいじゃねえか別に。お前の腹に入ったのと一緒なんだから」
「一緒じゃねえし。だいたいちょっと考えりゃ、わかりそうなもんじゃねえか」
銭は九千と二百五十円、あった。が、そいつは樋口女史と野口先生四人での九千円。こっちじゃまだ太子さんと初代総理大臣が幅を利かせていることを俺はすっかり忘れていた。
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