タイムトラブル

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タイムトラブル

 俺は気ままな自由人。生まれてきたことを感謝したことは一度もない。もちろんそいつを恨んだこともない――とはいうものの、五十路の峠を越えんとしている男が寒風吹き荒ぶ墨田の土手にてホームレスっちゅうのも(いた)く辛いもんがある。が、これも己で()って決めた道。泣きごとはいうまい。  ただあれだな、若いときにもう少しちゃんとしときゃよかったな、なんてことはたまに――本当にたまにだが、思うことはある。 「暇だな」  機種変したばかりのスマホでツイッターを開いた。つぶやくネタなんかなんだっていい。それは例えば俺が思うことだったり、考えたことだったり、やりたいことだったり、やったことだったり、どこへ行ってなにを食って誰と会ってなにをした、みたいなことだったり、そうじゃなきゃ仕事がないとか、金がないとか、夢も希望もないとか、でも別に俺はそんなもの必要でもなんでもないとか――そういう愚見愚察の類いを日に幾度もつぶやいちゃ満足している孤高なる愚か人が俺――鴇田親生(ときたちかお)だ。  フォロワーなどは数えるほどだったが、そんなことは問題じゃない。つぶやきは俺の心の声で、ときに叫びで、記録なのだ。多くの目に留まらないからといって、その価値が安くなるということはない――と、思いたい。 〈山谷(さんや)なう。今日も一日死なずに済んだ。炊き出し情報……なし orz いやしかし腹減ったな。つうか減りすぎなんだけど。なんか頭までクラクラしてきやがった。餓死るわ、もう。つーか明日も仕事ねんだけど。不景気全開。でも月が綺麗だから許す。乙〉  つぶやきを終え、炊き出しにありつけなかったとき用のメシ屋――大衆食堂『きぬ川』へと向かった。 「お、豚メシやりに行くのかい」  無宿仲間の中村が声をかけてくる。 「ずいぶんと機嫌がいいな。もしかして俺にメシ奢りたい気分になっちゃってるとか」 「あはは。勘弁してよ、トキちゃん。こっちがご馳走になりたいぐらいなのに」 「またやられたクチだ」  この男は日雇いの日当を手にすると、すぐにそいつを溶かしに走るくせがあった。愚挙を行う先は仲見世の馬券売場だ。俺も競馬はやるが、こいつほどのべつまくなしぶちこんじゃいない。
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