夏精霊(しょうりょう)

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 思い付いたその案を口に出してみると、浅田は吐き出した煙のなかで肩をすくめた。 「それはさっき試した。でも、思ったより風が強くなってきてるから、点けてもすぐ消えちゃうんだよ。それに、蝋燭自体が細くてすぐ倒れるし」  そうぼやいて夜空を仰ぐ彼のシャツの裾が風にはためいて翻る。確かに、先程よりだいぶ風が強くなっている。 「だから急いで済ませよう。水がこんなにある場所だから火事になることはないだろうけど、こっちの方がそろそろやばい」  指先で赤くひかる火元のことを言っているのだろう。長くなった灰がぽろりと崩れた。 「じゃあ、一本でいいです」  絡まり合っている糸のような花火を、束から一本そっと引き離す。 「線香花火なら、五本くらいまとめて全部点けられるぞ」  広稀にちょっと待てという仕草を示してから、浅田が口許に煙草を持っていく。火元に、最後の空気を含ませて燃やすために。 「……ほかの花火ならそうしてもいいけど、線香花火だけはそういうの嫌なんです」  あの、一本の小さな花が、咲いてそしてゆっくりと散っていくのを見るのが、線香花火の醍醐味だろう。……醍醐味だなんて言ったら、若いくせにとまた浅田にからかわれるだろうか。  ──しかし、浅田の反応は予想とは違うものだった。てっきりいつもの調子で毒づかれると思っていたのに、その広稀の言葉にまず、彼が一瞬、大きく目を見開いたのが分かった。それから、改めてこちらに視線を戻すと、ゆっくりと瞳と唇に深い笑みをにじませる。そこに、揶揄の色は読み取れなかった。
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