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先程、浅田の手のなかで燃えていた鮮やかなライターの緑が網膜によみがえる。浅田の熱は、もしかしたらあんな色をしているのだろうか──。
そこで、広稀の意識は急に現実に引き戻された。何やら、爪先が妙な感じでつめたい。
「……あーあ」
思わず、大きなため息が口を衝いて出る。足もとで踊っていた波が、いつの間にか靴のなかにまで忍び込んでいたらしい。このスニーカー、つい先日下ろしたばかりなのに。
……いったい、何をやっているんだろう、自分は。
口許に、自嘲が浮かぶ。
そのとき──。
「こら、なかなか帰って来ないと思って迎えに来たら、何ひとりで波とたわむれて……って、何だ、どうした?」
怪訝そうに声を上げて浅田がこちらに近付いてくるのに、知らず疑問が口からこぼれ落ちる。
「……平気なんですか?」
「いや、それはこっちのせりふ。靴、大丈夫か?」
言って、まだ火の点いていない煙草を挟んだ指で広稀の足もとを示してみせる。その口調には常と変わった気色は窺えなくて、そんなことにむしょうに安堵する。
「……はい。大丈夫です。ちょっと気持ち悪いけど」
「それならいっそ裸足になった方がいいんじゃないか? 砂の方が素足に気持ちいいぞ」
「そうします」
確かに、浸水の始まっている靴を履いているよりはましだろうと、浅田にずっと握りしめていた海水入りのコンビニ袋を預けてさっそく脱ぎに掛かる。しかし、水によって生じた摩擦のせいか、なかなか思い通りにならない。
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