夏精霊(しょうりょう)

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 浅田の口許では、最後の煙草が、何故か先程から彼が口にしているのにも拘らず、まだ半分ほど残してくすぶっている。きっと、最後の一本だから大事に味わっているのだろうと納得するのと同時に、そんなに器用なことができるのならば、最初からそういう吸い方をしていればいいのに、と呆れた気分にもなる。 「本当に悪かったって。反省してる。……だから、最後にこれを使って、本日の精霊会を締めくくるとしよう」  そう言って振り向いた浅田の手のなかには、一束の線香花火があった。ティッシュペーパーでつくった紙縒(こより)のように細くて脆いこの花火は、でも実はいちばんきれいな炎の花を咲かせる。行く夏を見送る精霊会の最後にはふさわしい送り火になるだろう。 「やっぱり最後はこれだよな」  独り言めかしてつぶやいてから、浅田がその半分をはい、と広稀に手渡す。何気なくそれを受け取ってから、ふと頭に浮かんだごく単純な疑問をぶつけてみる。 「……え、でも、ちょっと待ってください。肝心の火がないことにはどうすることもできないじゃないですか」 「いや、火ならまだかろうじてある。──ほら、ここに」  指し示された彼の口許で紫煙を立ち上らせている火元を見つめてうそでしょ、と思わず訊ねると、いや、本気、とすぐさま応えが返ってくる。 「……でもどうやって? そもそも、本当に煙草の火なんかで花火が点けられるんですか?」  それならば、花火セットのなかにあった蝋燭に火を点けた方がまだ合理的なのではないだろうか。
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