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「よかったー。今、愛煙家にとって究極の選択を迫られるところだった」
安堵したようにため息を落として、吸い殻を足もとの湿った砂のうえでもみ消す。大仰な彼の言葉に広稀が思わず吹き出すと、つられたのか浅田も笑いを瞳ににじませた。
彼の口許から吐き出された白い煙が夜空に流れていく。その行方を目で追ってからふと視線を戻すと、浅田の指先ではちゃっかりと二本目の煙草が赤々と燃えていた。
「……いつの間に」
あまりの素早さにあっけに取られていると、してやったりと言わんばかりに浅田が今度は軽く唇だけで微笑む。
「せっかく広稀くんの許可もいただけたことだし、ここで吸わない手はないでしょ」
言いながら、嬉しそうに指を口許に持っていく。そして、銜え煙草のまま、さっそく次の花火の吟味を始めた。
今度こそ、本当に諦めた方がよさそうだ。
浅田に見えないように軽く降参のため息を吐いてから、広稀は花火のひかりに照らされた横顔を見つめた。唇の端から上る紫煙が、彼の顔のうえでゆらゆらと揺れている。
……本当は、嫌いなんかじゃない。
初めて煙草を吸う彼を見たときから、こんなふうに格好よく煙草を吸える大人になりたいと思っていた。その仕草を、いつも好ましく思って見ていた。
そう、浅田は自分にとって憧れだったのだ。──少なくとも、最初のころは。
その純粋な憧憬だったはずのものが、違うたぐいの感情に変わってしまっていることに気付いたのはいつだっただろう──。
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