夏精霊(しょうりょう)

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夏精霊(しょうりょう)

 砂浜に降り立つと、半袖の肌を涼しい風が撫でて通り過ぎた。隣から、かさかさと乾いた音が聞こえてくる。浅田が持っている白いビニール袋が、風に煽られてかすかに揺れているのが広稀(ひろき)の視界の端に映った。  辺りに人影はなく、ただ目の前には月明かりがたゆたう夜の海が広がっている。  昼間はまだ感じることのできない秋の気配が、確かなものとして肌越しに伝わってくる。浅田もまた、同じことを考えていたらしい。 「──もう、夏も終わりだな」  そうつぶやくと、目の前で静かに繰り返される波の寄せ引きに視線をとどめる。同じように、顔を前に向けたままその音に耳を澄ませていると、音が空気に溶けてゆっくりと身体に染みこんでくるような感覚に襲われる。  ──夏が終わる。  海に還っていくのだと、浅田は言った。  季節はみな、海に還るのだと。  そっと浅田の横顔を見やると、彼は穏やかな表情でまだ海を見つめていた。その顔からは、あのときに垣間見えた激しい感情は読み取れなかった。──少なくとも、今このときは。  先程のつぶやきに彼が答えを欲しているわけではないのは、独白めいた声の調子から窺えたので、広稀も黙ったまま視線をふたたび海に向ける。そうやってふたり、しばらく声もなく黒い海を見つめていた。
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